岩谷文庫 ~君と、読みたい本がある~
岩谷文庫

岩谷文庫 ~君と、読みたい本がある~

 みなさん、こんにちは! 2ヶ月ぶりのご挨拶だけど、随分久しぶりのような気がして、ちょっと緊張してます。THE RAMPAGE from EXILE TRIBEの岩谷翔吾です。
『岩谷文庫~君と、読みたい本がある~』は一年間応援してくださったみなさんのおかげで、新しいシーズンを迎えることができました。みなさんと一緒に、また新しい本を読んでいけるのが、本当に嬉しいです。新しい企画もいろいろ実現していきたいと思っているので、どうぞ楽しみにしていただけたら嬉しいです。

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 第2期を迎えた『岩谷文庫』で最初にご紹介するのは、カツセマサヒコさんの『明け方の若者たち』です。2月に特別編としてライブ配信を行った時(岩谷文庫第12.5回)、ゲストにお招きした小説紹介クリエイターのけんごさんがおすすめしてくださったのが、この本なんです。そして、友人の北村匠海が主演で映画化もされています。

 実は、こういう青春恋愛テイストの本は今まであまり読んだことがなかったんです。正直、ちょっとこっぱずかしいようなイメージがあって。今回けんごさんがおすすめしてくれなかったら、きっと手に取ることがなかったろうなと思います。ところが、読み始めると面白すぎてびっくり。即、ハマってしまいそう…!と予感しながらページをめくりました。最初に言いたいのは、「この作品は、ただの青春恋愛ものじゃない」ということ。読んでいて「そう来たか!」って思わせる仕掛けもあって、すごくよくできている。恋愛感度の高い若い方も本好きの方も、どちらもハマる作品だと思いました。

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【※レビュー内には本編のネタバレが含まれますので、ご注意ください。】

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「男性ならではのセンシティブな部分」を抉ってくる物語は
あまりにエモく、そして心に突き刺さる

 『明け方の若者たち』は、主人公の一人称で語られる物語です。冒頭が懐古調で、語り口もどこか哀愁を帯びているので、どうやら、主人公は終わった恋愛を振り返っているらしいな……とわかります。

 主人公の「僕」は、大手印刷会社への就職内定を早々に決めた大学4年の春、自分と同じ内定獲得者=勝ち組が集まる飲み会で「彼女」と出会います。退屈な飲み会を抜け出し、深夜の公園で語り合う二人。互いの好意を探り合うようなやりとりの末、恋人同士になった僕と彼女。あらゆるところが魅力でしかない「彼女」という沼にはまっていくような日々が過ぎていく。けれども、社会人になった僕を待っていたのは、夢からも希望からも大きくかけ離れた味気ない暮らしでした。ますます彼女との時間に没入していく僕を待っていたのは――?
 ……どうでしょう。あらすじだけでも読みたくなってきた人、多いのではないでしょうか。

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 この作品は、とにかく文章がすごくエモい! まるでエッセイを読んでいるかのような描写のなかに、サブカル由来の地名や店名、音楽などの固有名詞がちりばめられていて、しかも、ひとつひとつの単語を選ぶセンスが神がかっている。僕にとっては地名も音楽も以前から親しんできたものばかりだったので、まるで自分のことのようにリアルに感じられたんです。

 男性である僕にとっては、「男性目線で描かれる恋愛」というところも、すごく刺さりました。「引き返すことのできない『彼女のいる世界』」とか、「彼女との時間は、底の見えない沼であり、僕の人生の全盛期だった」とか、男性目線の執着や後悔の描写には、恋をする男の普遍的な気持ちが含まれている。男性って、たとえ終わってしまった恋心でも、心のどこかに大切に置いておきたい気持ちがあると思います。女性が男性のセンシティブなところを直接知る機会ってなかなかないと思うので、こういう作品でそれを知って、男性の心の柔らかい部分を大切に扱って欲しいですね(笑)。

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あまりにも一途な「僕」と、あまりにもずるい彼女。
二人が犯した「間違い」の意味を考える

 主人公の「僕」は、現実に様々な妥協をして、やりたいと思えない仕事を惰性で続けていて、自分のことを「負け組」だと思っています。でも、僕自身は、彼を愛おしい人だと思います。そもそも、何をもってして「負け組」になるんだろう? と思いましたし、仮に自分の夢を叶えて「一流」といわれる仕事をしている人でも、それだけで「勝ち組」とは言えないのではないかと。
 主人公が経験する恋愛は、決してハッピーエンドではなかったけれど、彼女を愛した経験とそこから得た人間的な心の豊かさはかけがえのないものです。一人の人をそこまで愛せたこと、その記憶を背負い一生懸命生きていること。人が死に瀕した時って、きっとこういう経験を思い出すはず。仕事と今現在の状況だけが、人生の善し悪しを決める基準ではないと思う。だからこそ、人を本気で愛したことがある主人公は、むしろそれだけで勝ち組なんじゃないかと僕はとらえています。

 一方で、主人公が恋に落ちた「彼女」は、ずるい女性です。男性から見ると、本当にやるせない。初めは何も知らずに読んでいたんですが、実は彼女は、ある事情を抱えて主人公とつきあっています。「事情」が読者に明かされた後に読み返してみると、二人のやりとりのそこかしこに、その伏線がちりばめられていて「ああっ」となりました。
 とりわけ印象的だったのは、ふたりが下北沢のサイゼリヤで間違い探しをするシーンです。
「間違いだらけなのに、こうやって探そうとおもったら見つからないの、なんか人生っぽくない?」
という彼女の言葉からの掛け合いが、すごく秀逸だと思いました。「間違いのない人生って、きっと、楽しくないんじゃない?」と言う僕に対して、「それは、間違ったことがない人のセリフだなあ」と返す彼女。ごく普通のやりとりに見えますが、二人が抱える事情を知ってからもう一度読むと、結構ズシンと重みを感じてしまった。「間違い」という言葉ひとつが、その背後にあるものを知る前と知った後で、こんなに受け取り方が変わるのか……と、びっくりしました。
 このやりとりの最中の彼女は、きっと「今の自分は間違ってる」と、少なからず思っていたはず。かといって、二人の関係が本当に「間違い」だったのか、僕には分からない。社会規範に照らしてみれば、よくないことではあるのだけど……間違いだと一概に言い切れない気がしています。

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 恋愛に限らず、人生を生きていく上で「間違い」を経験することって誰にでもあると思います。僕自身の話をすると、以前は、間違えた時に言い訳を考えてしまうことが多かった。でも、最近は「失敗から学ぶことの大切さ」に気付いて、間違いを受け容れるようになりました。仕事もそうだし、恋愛だってそうです。間違えたことで大人になったり、それまで気付けなかったことに気付いたり……。人が幸せな状態で自分を顧みることは難しくて、間違いに気付いたタイミングじゃないと自分を見つめ直せない。結果として、間違いや失敗から学ぶことの方が多いのではないでしょうか。

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主人公より一歩大人の視点を持つ尚人への称賛と
「未成熟」の象徴として描かれる主人公への共感

 『明け方の若者たち』は、主人公目線で「彼女」との関係をひたすら掘り下げていく物語なので、二人以外の登場人物はそれほどクローズアップされません。でも、主人公の同僚であり親友でもある尚人は非常に存在感が大きいし、人としても本当にいいやつです。特に、「彼女」を失って生きる気力さえ失いそうになっている主人公に、乗り越えるためのアドバイスをするシーン。
「俺はお前じゃないから、気持ちはよくわからんけどね(中略)体だけでも前を向かないと、心は尚更、後ろを向いたままだよ」
から始まる一連の言葉があまりに深い! 尚人もきっと、過去に大恋愛の末の失恋を経験したんだろうなと思いました。そうじゃなければ、「人は弱ったとき助けてくれそうな人から連絡する」「いつまでも自分のことを好きでいてくれると勘違いしてるから、お前に助けを求めれば、絶対に助けてくれると知って、甘えてくる」なんて言葉は出てこない。

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 主人公に対してこんなアドバイスができる尚人は、すごく大人です。主人公と彼女がつきあっている最中から、二人の結末を予測していたのかもしれない。でも、結末がわかっていても、主人公が渦中にある時は言わなかったし、言えなかったんだろうなと思います。仕事の面でも、尚人は主人公より世知に長けていて、会社に不満があったら、自ら選んで次へ行く決断力がある。一方の主人公は、自分の希望とズレのある仕事にうまく折り合いがつけられないままズルズル働いているし、「彼女」との恋愛に夜も日も明けぬほど没頭することからもわかるように、すごくピュアだけれど、世間知らずで意志も弱い。主人公のそういう部分を、きっとずるい彼女は見抜いていたんだと思います。

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 でも、若かりし頃の無鉄砲さ、ひとたび好きになったらそれだけが世界の全部になっちゃう感じは、わかる気がします。彼らの抱える「秘密」については、僕はそういうタイプではないけど、周りにそういう人も見てきたので。恋愛に限らず、たとえば小学生時代って、小学校のクラスだけが生きる世界。でも、成長するにつれて世界はもっと広いことを知って、少しずつ広い視野を持てるようになってくる。そう考えると、主人公はまだ小学生ぐらいなのかな? って。そして彼女とのことを乗り越えた時に、また少し大きい自分になって、世界を広げていくんじゃないかなと思います。主人公は、未成熟の象徴みたいな描かれ方をしているけれど、誰しも初めは未成熟で、みんな一つひとつ経験して大人になっていくのだから。主人公は、そんな僕たちみんなの鏡でもあるはずです。
 だから、この本を読んでいると、過去の自分を投影してめちゃくちゃ懐かしい気持ちになりました。感傷的なところも刺さるし切なくて。本当に、昔の自分を見ているようで、他人事に思えなかったです。

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喪失の意味を知ることが人を育てる
だから、ストレートに痛みを受け止めたい

『明け方の若者たち』を読み終えてもう一度表紙を見た時、タイトルが何を表現しているかが分かった気がして感嘆しました。彼女との別れは真夜中で、今、青年期の夜が終わろうとしている。そして主人公はこの明け方を迎えて、また一歩大人になっていく――その比喩なのではないかと。
 物語がスマホから始まってスマホで終わる構成も、現代人にとってスマホがいかに手放せない存在であるかを表現しながら、主人公の彼女への依存の暗喩になっているなと解釈しました。主人公にとって彼女の存在は手放し難いものだったし、これからもスマホを手放せないのと同じように、彼女への気持ちを持ち続けて生きていくのだろうなと。そんな主人公を思うとものすごく切ない。

 この本を読んで強く感じたのは、「人は痛みを知り大人になっていくんだ」ということです。主人公と同じ20代なら、ストレートにこの世界を受け止められると思います。少し上の年代なら、自分の若い頃に置き換えて読めるんじゃないかな。主人公の名前が明かされない一人称小説なので、読んでいるうちに自分の視点に見えてくるんですよね。10代の人が読んでどう感じるかは……どんな読み方になるだろう。このレビューを読んでみなさんがどう感じたか、ちょっと教えてもらいたいですね。
 まだ読んだことがない方には、「失恋した時に読みたい本ランキング1位」とお伝えしたいです。読んだら間違いなく苦しくなってしまいますけれど。僕はドMなので、傷口に塩を塗り込みたい(笑)。とことん痛みを知ることで、もっと大きな懐の深い自分になれるような気がして。「喪失」を知る体験もまた、自分を育てるという意味では貴重なものなんじゃないかと考えています。

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#気になる一文

心に穴が空くとか言うけど、その穴がくっきり彼女の形しちゃってんだもん。そんなの、あの人しか埋めようがないじゃん。

 これは「彼女」を喪った主人公が、慟哭とともに吐露する言葉です。
 まさに、ラップで言うところのパンチライン! すごく素敵な表現です。
 これまで「喪失感」という言葉をなんとなく使っていたけれど、失恋した時の喪失感って、まさにこういうことだったのか! と思いました。彼女の形に穴が空いているのなら、他にどんなピースを持ってきたって埋まらないよな、と。でも、時間がたつにつれてきっとその穴の形は変化していく。他の人で埋まるのかも知れないし、徐々に塞がるのかもしれない。僕は、今の自分がそんな喪失感に襲われたとしたら、友達と会ってまぎらわすぐらいしか考えられない。とても乗り越えられないと思うので、みんなはどうやって乗り越えているのか聞いてみたいです。

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今月の一冊
『真夜中の若者たち』
『真夜中の若者たち』
カツセマサヒコ
【幻冬舎】

明大前で開かれた退屈な飲み会。そこで出会った彼女に、一瞬で恋をした。本多劇場で観た舞台。「写ルンです」で撮った江の島。IKEAで買ったセミダブルベッド。フジロックに対抗するために旅をした7月の終わり。世界が彼女で満たされる一方で、社会人になった僕は、"こんなハズじゃなかった人生"に打ちのめされていく。息の詰まる満員電車。夢見た未来とは異なる現在。深夜の高円寺の公園と親友だけが、救いだったあの頃。それでも、振り返れば全てが、美しい。人生のマジックアワーを描いた、20代の青春譚。

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ツアーの青森公演に向かう飛行機内で「明け方の若者たち」を再読!
前回この「明け方」を読んだのは約一ヶ月前。
この短いスパンで再読したいと思えた作品は初めてです。それほどカツセさんの文章が美しく、真っ直ぐに心に響いてきます。
現代語で言えば "エモい"ってやつ。
その一言で終わらせたくないけど。
ツアーでは恋愛を表現するバラードコーナーがあるのですが、この本からいただいた心の刺激をパフォーマンスに活かしたいと思います!
(目元に本が刺さってるのはツッコまないでください。飛行機で自撮り恥ずかしくてこの一枚しか撮ってなかったのです。笑)

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