岩谷文庫 ~君と、読みたい本がある~
岩谷文庫

岩谷文庫 ~君と、読みたい本がある~

 みなさん、こんにちは! THE RAMPAGE from EXILE TRIBEの岩谷翔吾です。
『岩谷文庫~君と、読みたい本がある~』第15回は、村上春樹さんの『羊をめぐる冒険』のレビューをお送りします。

dummy 岩谷文庫画像

  5月に第14回を公開した後、Twitterで今回の予告を行ったところ、「次は村上春樹!」っていうどよめき、反響があったそうで……連載1年目は僕自身が好きな本を中心に紹介してきましたが、2年目はファンのみなさんに刺さりそうなものとか、作家さんにおすすめしてもらったものとか、作品選びに少しひねりを加えるようにしています。
 今回の『羊をめぐる冒険』は、世界中に熱狂的なファンを持つ村上春樹さんの初期の作品です。これまでレビューしてきたタイトルの中では、一番玄人っぽいイメージがありますよね。僕としても「『岩谷文庫』、ここらで一発かましてやるぜ」って気合いを入れて選びました。

【※レビュー内には本編のネタバレが含まれますので、ご注意ください。】

item

20歳で読んだ時は「まったく理解できない本」。
でも、年月をおいて触れてみたら、その印象は一変した

 この本を僕が初めて読んだのは20歳の時です。
 当時の僕は、めちゃくちゃ暇な時期で。何かいい暇つぶしはないかな……と思っていたところ、仕事でお世話になっていた方からこの本をすすめられました。面白いのが、おすすめされた時に「こんな話だよ」とか「こういう気づきが得られるよ」とか、前情報は一切なかったんです。だから、何の先入観もなく「ただすすめられたから読む」って感じで手に取って。
 ところが、とりあえず最後まで読みはしましたけれど、当時の僕にはこの本に書いてあることが、正直全然分からなくて! まず、登場人物に名前がなくて、「誰とでも寝る女の子」とか「完璧に美しい耳を持つ彼女」といった不思議な呼び方なんです。そして、『羊をめぐる冒険』というタイトルから、その名のとおり「羊が絡むアドベンチャー系の物語」を想像していたのに、羊が全然出てこない。上巻はほとんど「それって本筋と関係ある?」というようなエピソードの連続で、もう何が言いたいのか、さっぱりわかりませんでした。読み終えた時も、何かを受け取った感覚がまったくなくて、すすめてくれた人に感想も伝えられなかったんです。

dummy 岩谷文庫画像

 そんな本を、どうして今回おすすめするのか? 世界的に有名な作家の作品だから? ……違います。
 20歳の時に読んで手ひどく挫折しましたが、その後も何度かこの本を読んでいたんです。読むたびに印象が少しずつ変化するので不思議だなぁと思っていたのですが、今回もう一度読み返してみたら、今までとガラッと違う受け取り方ができて、すごく面白かった。それで、この驚きを言葉に変えて、みなさんにおすすめしたいと思いました。

 今回、『岩谷文庫』がきっかけでこの本を取った人の中には、20歳の頃の僕と同じように「全然わからない!」という感想を持つ人も多いと思います。でも、一度読むのを諦めた本でも、年齢を重ねて再び手に取った時に、面白く読めることがある。これって、読書を重ねる上でままある、すごくリアルな体験だと思うんです。その感覚を皆さんに伝えたいというのも、今回『羊をめぐる冒険』をおすすめする理由のひとつです。

item

読むたびに印象が変わる不思議な物語。
今回僕が目を留めたのは「登場人物の名前が示されない」こと。

 ここで、『羊をめぐる冒険』をまだ読んでいない人のために物語をご紹介しましょう。

 舞台は1970年代の日本。主人公は、翻訳や広告製作の仕事をしている「僕」。妻と離婚した後、偶然「完璧に美しい耳を持つ」女性と出会って、彼女が新しいガールフレンドになります。
 そんなある日、謎の男が「僕」に接触してきます。彼は「先生」と呼ばれる右翼の大物の代理人で、「僕」があるPR誌に掲載した北海道の風景写真に偶然写っていた、ある特徴的な「羊」を探し出せ、と半ば脅迫するように命じてきます。
 その「羊」の写真は、以前に僕が親友である「鼠」から、「この写真を人目につくところにもち出してほしい」と頼まれていたものです。僕はガールフレンドとともに北海道へ渡り、「いるかホテル」という古宿に滞在しながら、その「羊」を探すことになります。
 北海道のどこで撮られたかもわからない写真一枚を手がかりにして、2ヶ月以内にたった一頭の羊を探すというのは、なんとも無謀な挑戦ですよね。実際に、北海道に渡った「僕」と「彼女」の調査は遅々として進みません。ところが、あるきっかけで2人は「羊博士」と呼ばれる羊の専門家と接触することになり、探し求める「羊」の痕跡に近づいていくことになるのです――。

 ……読んでみたくなりましたか?
 このあらすじだけでも、この作品の持つ不思議な雰囲気が伝わるのではないでしょうか。本当に独特な世界観ですし、最初に書いたように、登場人物には名前がついていないし、何より肝心の「羊をめぐる冒険」の本筋がなかなか始まらない。
 20歳の僕はそこで引っかかってしまって先に進めなかったし、今でも決して読みやすいとは感じません。でも、気付いたことがあります。それは、この作品は「いい意味で」スムーズに読めないんだということです。僕は本を読む時、とりあえず筋書きを追う感じで、会話文を中心にパラパラと流し読みをすることがあるんですが、この本はその読み方では理解できません。作者の言いたいことが読めばわかるように明白には書かれていなくて、比喩表現や情景描写のひとつひとつから読み取って、自分で解釈していかなくてはならない。だから読むのに時間がかかります。今回僕も一週間ぐらいかけて、一言一句丁寧に読みました。

dummy 岩谷文庫画像
dummy 岩谷文庫画像

 その上で、僕は今回『羊をめぐる冒険』を「名前を探す物語」として読み解きました

 『羊をめぐる冒険』の冒頭には、「誰とでも寝る女の子」のエピソードが出てきます。主人公の「僕」も彼女と関係を持っていて、彼女が亡くなった時にお葬式にも行っている。それなのに彼女の名前は出てこなくて、あくまでも「誰とでも寝る女の子」としか書かれていない。初めて読んだ時には「へぇ~……で?」としかならない、不思議な読み味の冒頭です。そこから物語が始まった先でも「相棒」とか「男」とか「(耳のきれいな)彼女」とか、登場人物は名前ではない呼び方をされます。

 名前って、その存在を固定するものだと思うんです。名前がある、戸籍がある、今ならマイナンバーがあることで、「その人」になる。名前を示さないというのを、僕は主人公である「僕」が、他者の心、そして自分の喪失体験と正面から対峙していないことの比喩だととらえました。
 先日、SNSでこんな話を見かけました。動物の数え方は、死んだ後に何が残るかで決まるという話です。牛や豚は「一頭」、鳥は「一羽」、魚は「一尾」など、食べられない部位、残る部位で呼ぶそうです。そして人間は死んでから「名前」が残るから「一名」と呼ぶ。これが本当なのかどうかはわかりませんが、すごく面白い説だなと思いました。だからこそ、『羊をめぐる冒険』の中で、登場人物に与えられなかったり、忘れられていたりする「名前」には、すごく意味があるのではないかなと思ったんです。

dummy 岩谷文庫画像

 名前が残る人間を描くのに、あえて名前を示さない物語。
 今まで妻を失っても友人を失っても、ただ目の前を通り過ぎていくだけのように一歩引いたスタンスだった「僕」が、この物語の中で描かれる冒険を通して、大きな喪失と向き合い、自分自身と向き合う。喪失って、ある意味そこから新しいものが始まったり、ものごとが変容するきっかけでもあります。最終的に「僕」は、そういった喪失や生まれ変わりと対峙することで、いろんな人の心ともちゃんと向き合える人間になったのではないかなと思いました。

 だからこそ今回、僕は『羊をめぐる冒険』を、「名前を探す物語」として読んだんです。

item

登場人物、比喩表現、情景描写……
村上春樹の作品には、楽しみ方がいくつもある

 これまでお届けしてきたレビューと比べて、今回は少し概念的すぎたでしょうか?
 この物語は、本当にいろんな読み取り方ができると思うので、ぜひ皆さんにも挑戦してもらいたいです。名前はついていないけれど、登場人物には魅力的な人がたくさんいます。

 まず、「僕」のパートナーになる「耳の美しい彼女」。最初は「耳に惚れるなんてあるか!? 確かに自分も、女性の綺麗な指先を魅力的だと思うことはあるけど……」って戸惑いました。でも、じっくり読み解いてみると、これもきっと比喩なんですよね。耳=聴覚なので、つまり主人公にとって彼女の存在は、世界に向けて開かれた耳であり、彼女は人の心を感じる象徴であるということ。他者と向き合うのを避け、ただ通り過ぎていくだけだった主人公が、彼女の言葉には耳を傾けたし、彼女を通して世界と向き合い、彼女から人の心に耳を傾けることの大切さを教えられる。そういう比喩になっていると読み取りました。
 「耳のきれいな」のところで面食らう人も多いと思いますが、この女性は結構魅力的な人間性の持ち主です。すごく行動的で、閉じこもって考えるばかりだった主人公を引っ張り出して行動に移してくれる。彼女がいなかったら物語は進まなかっただろうっていうぐらいの重要なキーパーソンです。……だからこそ、下巻で彼女に与えられている結末は、僕にはちょっと疑問で。この疑問に結論を出すには、もう少し時間をかけて、この物語を読み解いていく必要があるんだろうなと思っています。

dummy 岩谷文庫画像

 そして、「僕」の友人である「鼠」。相当親しい間柄のようで、ふたりは親友同士と呼んでいいと思う。でも、何年も会っていないらしく、それどころか「鼠」は意図的に僕から距離を置いているようにも見える。「それって親友?」と感じる人もいそうですが、これ、こと男性には「わかるなぁ」といえる関係性だと思います。
 一緒にいてしっくりくる、「親友」と呼べる存在は一生に何人も出会えないし、ベタベタとした熱い友情じゃなくても、ただ「一緒にいると心地いい」っていう関係はある。本当に親友と呼べる相手は、いちいち「俺たち親友同士!」なんて言うまでもなく、たまに電話で声を聞くぐらいの関係でいいのかもしれない。「僕」と「鼠」はそういう関係なのだろうと感じました。

dummy 岩谷文庫画像

 それから、猫の「いわし」! 猫なのにいわしなんです。主人公の飼い猫で、最初は名前がなかったのに、途中で「いわし」と名付けられる。ネーミング自体もユニークだけど、名前がついた途端に、猫のキャラクターがすごくクリアになって。名前にはこんな役割があるのかと、すごく新鮮な驚きを感じました。

 そして、北海道で「僕」と「彼女」が滞在する「いるかホテル」の支配人。主人公たちが探し求める「羊」に近づくヒントをくれる「羊博士」の息子で、なぜか父親からすごく邪険にされている。それなのに、献身的に父親の世話を続けているという人物です。登場するページはそれほど多くないんだけど、彼の台詞には何とも言えない切なさが漂っていて、すごく印象に残りました。今回レビューの最後にご紹介している「気になる一文」も、彼の台詞です。

dummy 岩谷文庫画像
dummy 岩谷文庫画像

 キャラクターの個性だけでなく、「昭和のインテリアの描写が雰囲気があってかっこいい」とか「この料理が美味しそう」とか、一味違った刺さり方をするところはいっぱいあると思います。比喩表現も独特で面白くて、疾走する車を「産卵期の鮭が川を遡るみたい」と喩えたり。物語全体は難解でも、ピンポイントで刺さる部分はいっぱいあって、そういうところもひとつの楽しみ方ではないでしょうか。

item

読むたびに解釈が変わる村上春樹の作品。
その変化こそが、この作品を読む面白さでもある

 村上春樹の作品には「ハルキスト」と呼ばれる熱狂的なファンがいることで有名です。『羊をめぐる冒険』は、確かにすごく印象的な作品だけど、いったい何が人をそこまで熱狂させるんだろう? って、不思議に思っていました。それで、今回レビューを書くにあたって、コバルト編集部にもハルキストの方がいると判明して、話を聞いてみたんです。そうしたら「えっ、そこはそう読むのか!」「それは自分、考えてなかった!」っていうような独自の解釈がどんどん飛び出して、しかもその方が言うには「これはあくまで自分の解釈であって、他のハルキストが読めばまた違う読みになると思う」と。世界が深すぎてもう、圧倒されました。

dummy 岩谷文庫画像

 その方からは「自分の解釈はこうだけれども、それが正解というわけではない。今回岩谷さんがこの本を読んで感じた素直な感想が、今の岩谷さんにとっての正解だよ」って言われました。それを聞いて僕は、村上春樹文学を読むことの難しさが身に染みたと同時に、読む人によって、解釈の仕方は千差万別だというのがまさに文学なのだろうなと、と腑に落ちたんです。レビューの冒頭で「一度読むのを諦めた本でも、年齢を重ねて再び手に取った時に面白く読めることがある」と書きましたが、きっと僕も、また数年後『羊をめぐる冒険』を読んだ時に「あの時はあんな風に感じていたけど、今読んでみたらまた違うな」という感想を持つと思います。そして、その変化こそが、この作品を読む本当の面白さなのかもしれないな……とも。

#気になる一文

「(前略)だから人生というのはそういうもんだと思いこまされてきたんです。何かを探し回ることが本当の人生だという風にです」

 これは「いるかホテル」の支配人が「僕」に語った長い台詞の中に出てくる一節です。

 最初に読んだ時に気になったかというと、そうではなくて。物語のすべてを読み終えてから、もう一度読み返して自分の中で噛みしめていく作業をしている時、改めてこの文章に込められた意味を考えて、「僕」は、名前を探してこんなにも長い旅をしてきたんだな……と、思いました。

dummy 岩谷文庫画像

 名前を探すというのは、この先の自分がどうやって生きていくかを探すことでもある
 物語にはピリオドが打たれ、「僕」を取りまくいろんな環境は変わってしまったけれど、彼はこの喪失と初めて正面から向き合って、傷を癒やしながら生きていくのだろうなと。それを象徴する一文だと読み取りました。

dummy 岩谷文庫画像
今月の一冊
『羊をめぐる冒険』
『羊をめぐる冒険(上)(下)』
村上春樹
【講談社文庫】

あなたのことは今でも好きよ、という言葉を残して妻が出て行った。その後広告コピーの仕事を通して、耳専門のモデルをしている21歳の女性が新しいガール・フレンドとなった。北海道に渡ったらしい<鼠>の手紙から、ある日羊をめぐる冒険行が始まる。新しい文学の扉をひらいた村上春樹の代表作長編。

column

以前、CLキャス配信で「コラムでメンバーにオススメの本を紹介するのはどうですか?」とファンの方からコメントをいただき…
どうしようかなと迷いに迷ったあげく…
今回は海青に紹介したい本を載せようと思います!
海青は熱く真っ直ぐな男なので、三浦しをんさんの『風が強く吹いている』『エレジーは流れない』なんて合ってるんじゃないかなと思います。
三浦しをんさんの本が好きと海青と話した事もあるので、ピッタリなんじゃないかなと思いました〜。

dummy 岩谷文庫画像

gallery

dummy 岩谷文庫画像