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岩谷文庫 ~君と、読みたい本がある~

岩谷文庫 ~君と、読みたい本がある~

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岩谷文庫

『岩谷文庫』は、ダンスと読書が大好き! THE RAMPAGE from EXILE TRIBEの岩谷翔吾さんが、フレッシュな視点でおすすめの本を紹介してくれる、ほぼ月イチブックレビュー連載です。読書を愛するあなたや、気になるけれど何を読んだらいいかわからないあなた。日々の生活にちょっぴり疲れてしまって、近頃本を読めていないあなたへ。あなたの心の本棚にも、『岩谷文庫』を置いてみませんか?

  みなさん、こんにちは! 『岩谷文庫~君と、読みたい本がある~』、第11回になります。「#岩谷文庫リクエスト」企画第二弾の今回は、前回の『アルジャーノンに花束を』とはまたテイストの異なる、辻村深月さんの『ツナグ』についてご紹介していきます!

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 多くのリクエストからこの作品を選んだのは、その時、「素直に感動したい」「本を読んで泣きたい」という気分だったからというのもあります。そこで@Nanase_3617さん、@al_hok24さん、@tom_hi_sunさんをはじめ、本当にたくさんの方からオススメいただいていて、目に留まったのが『ツナグ』でした。辻村さんの作品は『かがみの孤城』を読ませていただいたことがあって、深い心情描写がすごく印象的でした。それで、「今、感動して泣きたい自分には『ツナグ』だ!」と、ある意味確信をもって選べました(笑)。

 僕は感動する気満々で読み始めたわけですが、謎もちりばめられていたり、嫌な読後感の話もあったりと、意外と王道な「泣ける」要素だけではない作品です。連ドラみたいに一話を見て二話が気になる、という感じで、どんどんページが進んでいきました。

【※レビュー内には本編のネタバレが含まれますので、ご注意ください。】

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死んだ人と生きている人を会わせる「使者(ツナグ)」。
その手を介して、4つの再会が導かれていく

 『ツナグ』ってタイトルからは、何の話か具体的に想像がつかないですよね。最初にネタバレをしてしまうと、これは「死んだ人間と生きた人間を会わせる窓口」を務める人をさす言葉です。作中では、「使者」と書いて「ツナグ」とふりがなを振っています。

 本編は五章立てになっていて、そのうち四つは、「使者(ツナグ)」によって死者と生者が再会するエピソードが綴られます。呼び出される側と呼び出す側は「アイドルとファン」「母と息子」「親友同士の女子高校生」「失踪した女性とその恋人」と、様々な関係です。

 「死者と会わせる」と言うと、いわゆるイタコや霊媒師をイメージしますが、「使者(ツナグ)」のやり方はまるで生きている人間同士の待ち合わせをセッティングするような、コーディネーターのような描かれ方をしているのが面白いところです。

 具体的には、いくつかの手順とルールがあります。

  • 生者から依頼を受け、その人が会いたいと願う死者に交渉。
  • 死者側が了承すれば、依頼者は指定の時間と場所で死者と会うことができる。
  • ただし、「ツナグ」の力を借りれるチャンスは誰しも一度きり。つまり、死者が死後に会える生者は一人だけで、生者にとっても、死者を呼び出せるのは一度きり
  • そして、会える時間は一晩の間だけ。

 死者と会うには、これらの決まりを守らなければいけません。

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 一つ目のエピソード「アイドルの心得」は、平凡で目立たない女性・平瀬愛美(ひらせまなみ)が、突然死したタレントの水城(みずき)サヲリを呼び出すお話です。僕が驚いたのは「最初に来る話なのに、家族や友達じゃなくて他人、しかも死んだ芸能人を呼び出す話なの!?」ということ。それに「アイドルの心得」というタイトルですが、水城サヲリはあくまでもアイドルではなく、マルチタレントである描かれ方をしています。

 このエピソードで印象的だったのは、水城サヲリが自分の「死」について語る言葉です。

「人間ってのは、身近なものの死しか感じることも悲しむこともできないんだよ。『みんなに愛された』って聞こえはいいけど、それだけだ。娯楽としての悲しみなんてショーだもん(後略)」

 既に死んでいるサヲリが語るこの言葉は、自分の立場的にもあまりにリアルでゾクッとしました。

 一方で、ファンの愛美の呼び出しと対話に全身全霊で応え、この世を去ってもなお、生きる力を与えて去っていくサヲリは本当にかっこいいんです。読み終えれば、彼女は愛美にとって、確かにタイトルの通り「アイドル」だったんだな、と理解できます。これまでの『岩谷文庫』を読んでくださっている方には、「サヲリは愛美の『背骨』だった」と表現すると伝わりやすいかもしれませんね

 二つ目のエピソードは、「長男の心得」。地方の工務店の社長で、幼いころから「本家の長男」として育てられたため、人につい高圧的でひねくれた態度で接してしまう男・畠田靖彦(はただやすひこ)が、亡き母との再会を「使者(ツナグ)」に依頼します。

 このお話は主人公の靖彦が、すっごく嫌なタイプのおじさんなんですが、それは彼の不器用さの裏返しでもあって、「こういう人、いる!」と思ってしまう。偉そうで嫌味なことばかり言って身内から嫌われているし、死んだ母親を呼び出すのにも素直に「会いたい」とは言わず、もっともらしい理由をつけているんです。

 悪い意味ではなく、やっぱり男って、根っこはマザコンな部分があると思います。僕も、自分の母親とは年に一回LINEするかな?というぐらいの関係だけど、心にはいつも母への気持ちがある。以前、先輩のMATSUさん(松本利夫さん)の家へ行かせてもらった時に、息子さんが歯磨きを「ママに磨いてほしい!」って言っていて、MATSUさんが「なんでパパじゃダメなんだよ」って(笑)。悪気なく僕もそういうことを言って、父親をキュッとさせていたんだろうなと思うと……。子供というのは、そういう風に、誰しも母親への愛情から始まるんじゃないでしょうか。だから靖彦も第三者視点で見ていると、「本当はお母さんに甘えたいんだろうな」と分かって、なんだかかわいく思えてしまいました。

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 母と再会した後で、「使者(ツナグ)」の少年に感想を求められて、

「……つい本物だと騙されそうになった。よく、できてる」

と憎まれ口で応えるシーンも、「もう、分かってるくせに!」という感じで、かわいらしいんです。靖彦は、ひねくれている自覚も嫌われている自覚もあるけれど、長男のプライドを持って生きてきて、今更自分を変えられない。でも母との再会がきっかけになって、内面の優しさが少しだけ滲むようになってくる。短いお話ですが、自分の嫌な部分、変えられない部分をちゃんと見つめて、前向きに生きていこうという靖彦の成長が伝わってきて、すごくいいなと思いました。

 三つ目のエピソードは「親友の心得」。高校の演劇部に所属する華やかな美少女・嵐美砂(あらしみさ)が、自他共に認める親友で、事故死してしまった御園奈津(みそのなつ)を呼び出します。

二人の関係は「親友」とは言うもののかなり複雑で、男同士の友情とは違うところがあるんだなって、勉強になりました。生前の御園は嵐に対して卑屈なぐらいで、嵐のことを常に立て続けているし、嵐は嵐で、御園との会話で自分の知らないファッションブランドが出てきた時、プライドが邪魔して素直に聞けない。

それどんなブランドなの、と親友に聞き返せないのが、私の性格のせいなのか、それとも御園と私の関係性のせいなのかはわからなかった。

 これを読んで、僕自身が結構まっすぐなタイプだからというのもありますが、女性はこんなにモヤモヤしたものを抱えた相手に「親友」って言えるのか……と驚かされました。だけど、この描写があまりにリアルすぎて、理解できない二人の関係さえありありと想像できてしまう。

 リアルさで言えば、結末に至るまで、嵐がいくつもある選択肢の中から自分に言い訳して、都合のいい逃げ道を選んでいく様子もすごかった。例えば遅刻した時、「道が混んでいて…」って言い訳を探したり、これなら疑われずにいけるなってストーリーを組み立てていくこと、ありますよね。正直に言うか、嘘をつくかは自分で選べるのに、です。事の大小は違いますが、そういう「ずるさ」は身に覚えがある。実際には嵐のような状況になったことはなくても、彼女の気持ちはすごくリアルに想像できました。

 辻村さんはそういった、人の嫌なところ、ずるいところを包み隠さず、痛いほどに書かれる方だなと思います。書くことって、自分の頭の中身を全部出していく行為だと思うので、嫌な話を書くというのは自分の中の嫌な面をさらけ出すことにもなる。こういうテーマだと、ついつい美化した綺麗な話を書きたくなるような気もしますが、だからこそ読む人の心をぐっと掴むんですね。

 僕の想像では、辻村さんが一番書きたかったのは「親友の心得」だったんじゃないかなと思っていて。このエピソードの結末、嵐と御園の再会の後に残ったものは「後悔」でした。

 これまでの二章は、生者が死者と会うことで、何らかの救済がもたらされる流れだったので、このラストには、不意に腹を殴られたようなショックを受けました。

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 四つ目のエピソードは「待ち人の心得」。真面目なサラリーマンの土谷功一(つちやこういち)が、七年前、プロポーズ直後に失踪した恋人・日向キラリとの再会を「使者(ツナグ)」に依頼します。このお話は、すごく王道というか、「親友の心得」のラストがあまりに重かった分、僕は泣いてしまいました。「泣きたい!」と思って読み始めたので、「これを待ってた!」って感じです。

 功一は、キラリがどこかで生きていてくれれば……と願いながらも「使者(ツナグ)」に依頼をします。そこにはとてつもない葛藤があったはず。だって、死者を呼び出すということは、愛する人の生死をハッキリさせるということになるからです。

 いなくなった人のことが忘れられない。生死の分らないまま待ち続けたいけど、前に進むためには踏ん切りをつけないといけない。七年という決して短くない間待ち続けて、功一はキラリに後押しをしてほしいと思ったのではないでしょうか。

 でも、いざキラリと会うとなった時、功一は逃げ出してしまうんです。それを「使者(ツナグ)」の少年が探しに行くのですが、本当に逃げたかったら遠くに行けばいいのに、功一は近くの見つかりやすいところにいる。この描写も秀逸です。キラリに会うか会わないか、自分で選べないから、誰かに押してもらうことを期待している、彼の弱さですよね。

 人間は、知らないことを知っているふりして語るのはたやすいくせに、知らないと認めることの方はなかなかできない。

 これはキラリと出会った頃の功一の独白の言葉ですが、これも人の弱さを見事に言い当てた描写で、読んでいて、まるで自分のことを言われたような気がしてドキッとしました。本当に、辻村さんは人のことをよく見ていらっしゃるんだなと思います。でも、優しさがあって暖かい。

 生者と死者として再会した二人には、結ばれる可能性はもうないけれど、この二人には幸せになって欲しかった。弱くて完璧ではないけど、優しい二人だからこそ、互いに支え合っていけただろうになと思って、最後は泣いてしまいました

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人間は失ってから気づき、後悔する生き物。
その事実をもう一度思い出させてくれた『ツナグ』の物語

 生者と死者を会わせる「使者(ツナグ)」。

 もし「使者(ツナグ)」が現実に存在したら、いいこともあるだろうけれど、よくないこともあるだろうなと思います。死んだ人と会えるなら、きっと「後悔しないように生きる」「一日一日を大切に生きる」という言葉はないと思うんです。時間は有限で、人の寿命は限られている。死んでしまった人には、二度と会うことができない。だからこそ、僕たちは伝えたいことは今伝えようって考えるし、毎日を全力で生きられるのかもしれない

 ただし、これはあくまで現段階の人生経験を踏まえて、今の僕が思うことです。僕にはまだ、「使者(ツナグ)」に依頼してまで会いたいと思う人がいません。「何と引き換えにしてももう一度会いたい」人がいたとしたら、またとらえ方は変わってくるのかもしれませんね。

 この本を読んで、僕が感じたのは、「人って、めちゃくちゃ後悔する生き物なんだな……」ということです。それぞれのエピソードの依頼者たちも、みんな失ってから気づいて、後悔していた。でも、彼らは「使者(ツナグ)」のおかげで死者と再会し、心の中のわだかまりや強がりを手放すことができました。

 それについて、物語の中で、「死者を呼び出すことは、気持ちを整理したい生者のエゴではないのか?」という問いかけがあります。僕は、辻村先生は「使者(ツナグ)」という架空の存在を通して、現実の僕たちに「後悔しないよう、一日一日を大切に生きる」ことを伝えてくれているような気がします。

 死者たちは、再会を通して残された生者が前を向いてくれることを喜んでいるはず。現実では亡くなった人に会うことはできませんが、僕らが彼らを想うことで前を向けるなら、きっと同じように喜んでくれるのではないでしょうか。

 だから、色々とえぐい描写もあるけれど、この本を読むと不思議とあったかい気持ちになれる。死ぬってつらいことだけれど、この作品を読むと「死生観」にまつわることもいろいろ考えさせられました。

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『ツナグ』というタイトルが醸し出す不思議な空気感。
そこに施された「ある仕掛け」を、ぜひ読み解いてほしい

 最初、どうしてタイトルはカタカナで「ツナグ」なんだろう?と不思議に思いました。ちょっと無機的というか、機械的な響きがありますよね。物語前半の「使者(ツナグ)」は、依頼者たちから見てすごく機械的で、それぞれの事情に介入せず淡々としています。まさに、タイトルの雰囲気が似合う印象でした。でも、愛美の時はただアテンドするだけだった彼が、功一の時には逃げ出した依頼者を探して、感情的に言葉を荒らげたりする。

 レビューで紹介した四つのエピソードは、依頼者同士は関係がありませんが、それぞれのエピソードを通してどんどん「使者(ツナグ)」の人間らしさが出てくる。そして、最終章「使者の心得」を読むと、すべてが繋がっていたことが初めてわかります。というより、最終章が一から四までの章を繋ぐ形です。さらには「使者(ツナグ)」の正体と存在意義が明かされ、彼自身が抱える過去や葛藤までもが描かれていきます。

 バラバラに見えていた話が繋がり、謎が明かされるだけでなく、それぞれのエピソードにさりげなくちりばめられていた伏線が回収されていくラストは、大きなカタルシスが感じられるでしょう。「使者(ツナグ)」が、生者と死者の間だけでなく、物語をも繋いでくれていたんだなと分かるこの構成はとても面白かったです。きっと彼は、これから先も色々なものを「繋いで」いってくれるんだろうな、と思います。

気になる一文

御園奈津と笑い合っていた頃、彼女たちはまるで

互いの個性を消し合うようにセットになっていた。

御園奈津と笑い合っていた頃、彼女たちはまるで互いの個性を消し合うようにセットになっていた。

 これは、三つ目のエピソード「親友の心得」に登場した嵐美砂と御園奈津の関係についての描写です(この文章自体は五章に出てきます)。

 読んだ瞬間に衝撃を受けました。確かに、顔も化粧も服装も似た女の子たちって、渋谷や原宿でよく見かけるよな、と思って。

 僕たちTHE RAMPAGEのことを考えると、最初グループとして個性や方向性を揃えるか云々という以前に、個性が激しすぎて事務所も「もう、こいつらには個性を売っていくしかないな」という感じだったような気がします(笑)。あとは、16人組グループだということも大きい。もし7人グループだったら、それこそ、僕は本好きですが、ここまでガッツリアピールしようとはならなかったかもしれない。

 自分は16人いるうちの一人でしかない。だから、他のみんなに埋もれない自分の個性を打ち出していくことって、気づいた時には生きる上で必要不可欠なスキルになっていました。とはいえお互いがライバルという感覚はもうなくて、メンバーは僕にとって体の一部、例えば「指」のような感覚です。いちいち「ありがとう指」って感謝することもないし、そこにいるのが当たり前だけど、なくなると痛いし困る存在ですね。

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 そういうわけで、ただでさえ強い個性を更に強めているTHE RAMPAGEにはちょっと当てはまりませんが、仲がいい者同士だと「個性を消し合う」ことがあるのかもしれません。それを「個性を消し合うように」っていう見方が僕には今までなかったので、文章表現として面白いし、自分の視野が広がりました

 これは女の子に限った話じゃなくて、例えばLDHの後輩グループのFANTASTICSは、メンバーがリーダーの佐藤大樹さんに髪型を寄せがちに見える。密かに「みんな大樹さんに憧れてるのでは……?」と思ったりしています(笑)。

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今月の一冊,ツナグ,辻村深月,【新潮文庫】 今月の一冊,ツナグ,辻村深月,【新潮文庫】

一生に一度だけ、死者との再会を叶えてくれるという「使者(ツナグ)」。突然死したアイドルが心の支えだったOL、年老いた母に癌告知出来なかった頑固な息子、親友に抱いた嫉妬心に苛まれる女子高生、失踪した婚約者を待ち続ける会社員…ツナグの仲介のもと再会した生者と死者。それぞれの想いをかかえた一夜の邂逅は、何をもたらすのだろうか。心の隅々に染み入る感動の連作長編小説。

今月の一冊,ツナグ,辻村深月,【新潮文庫】

次回の岩谷文庫は…

『砂漠』(伊坂幸太郎/新潮社)
をご紹介します!

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