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岩谷文庫 ~君と、読みたい本がある~

岩谷文庫 ~君と、読みたい本がある~

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岩谷文庫

『岩谷文庫』は、ダンスと読書が大好き! THE RAMPAGE from EXILE TRIBEの岩谷翔吾さんが、フレッシュな視点でおすすめの本を紹介してくれる、ほぼ月イチブックレビュー連載です。読書を愛するあなたや、気になるけれど何を読んだらいいかわからないあなた。日々の生活にちょっぴり疲れてしまって、近頃本を読めていないあなたへ。あなたの心の本棚にも、『岩谷文庫』を置いてみませんか?

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 みなさん、こんにちは! 『岩谷文庫~君と、読みたい本がある~』第5回のレビューをお届けします。今回ご紹介するのは、住野よるさんの作品『君の膵臓をたべたい』です。
この作品は、アニメ・実写の両方で映画化され、どちらも話題になりました。読者のみなさんにも、映画を観た! 泣いた! という方は、多いのではないでしょうか?

【※レビュー内には本編のネタバレが含まれますので、ご注意ください。】

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重い病を患いながら快活に振る舞う少女と、
世界と距離を置く孤独な少年の出逢い

 物語の語り手は、高校生男子の「僕」。そして、冒頭のシーンは、山内桜良という女生徒の葬儀当日であるという、ややショッキングな情報が提示されて、物語の幕が上がります。

 「僕」にとって桜良は、とてもとても思い入れの深い相手のよう。そんな相手が亡くなったのに、どうして「僕」はお葬式に出席せず、たった一人で彼女を想っているのか?

 この作品に初めてふれる人は、きっとそんな疑問とともにページをめくるのではないでしょうか。

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 冒頭のシーンを過ぎると、場面は一気に桜良の生前まで時間が巻き戻ります。

 同級生だった「僕」と桜良。

 人づきあいを避け、自ら孤独を選んで生きようとする「僕」と、明るく快活で友人が多い桜良は、同じ教室にいる同級生でありながら、まるで接点がない者同士です。そんなふたりの距離が急に縮まったのは、ある日「僕」が病院を訪れたとき、ロビーのソファに置き去りにされた「共病文庫」というタイトルの本を偶然拾ったのがきっかけでした。

 「僕」が、興味本位でこの共病文庫を開いてみたところ、その中身は、同級生の桜良が綴る日記であることがわかります。しかも、彼女は膵臓に重い病を患っていて、余命わずかであるというのです。

 彼女は家族以外の誰にも秘密で、この日記に、病気とともに生きる自分の心の変化を書き綴っていたのですが、「僕」は偶然共病文庫を読んでしまったことで、否応なく彼女の秘密の共有者になります。そして、なかば桜良に引きずられるような形で、彼女が死ぬ前にやりたいことにつきあっていくのです。

 秘密を共有したことで、図らずも「僕」との距離が近づくことになった桜良。彼女はとても明るく快活で、何かと消極的な「僕」を、自分の企みに強引に巻き込もうとする、ちゃっかりした一面も持っています。その様子は「余命いくばくもない」とはとても思えないほど。

 でも、冒頭に彼女のお葬式のシーンが描かれていますから、この本の中で、いずれ彼女が死んでしまうことは明らかです。それはいつで、「僕」と桜良はその日が来るまでどんな日々を送っていくのでしょうか?

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「主人公の名前が作中に出てこない」
その構成の真意に気づき、僕は思わず手を打った

 実は僕は、この作品の小説で読むより先に、実写映画で鑑賞していました。話題になっていたし、友人の北村匠海が出演していたからです。だから物語の筋書きは知っていて、それを振り返るような形で、今回原作の小説を読むことになりました。『君の膵臓をたべたい』というタイトルが、まず攻めていますよね。字面だけだと、まるでサスペンス作品みたい。

 でも、内容は爽やかで泣ける青春小説であり、表紙にも満開の桜のイラストが描かれている。タイトルと本の見た目のギャップがありすぎて「いったいどういうこと!?」と、戸惑いました。

 さらに、この作品の大きな特徴としては、主人公である「僕」の名前が最後まで出てこない、という点があります。こういう仕掛けの作品は初めて読んだので驚きました

 実は、先に観ていた映画でも、主人公の名前はラストまで出てこないんですが、映像だとそういうことに案外気づかない。小説では、桜良が「僕」に呼びかける時のセリフの中で「【地味なクラスメイト】くん」なんて書き方をしてあるから、「これはなんだ!?」と、誰もが興味を惹かれると思います。

 会話の流れで、この【 】のついた部分がどうやら主人公を指していることはすぐにわかります。僕は最初

「主人公の『僕』には友達がいないというから、わざわざこんな書き方をしているのかも」

「でもきっと、そのうちに名前が出てくるんだろうな」

と思っていたのですが、読んでも読んでも全然彼の名前が出てこない。代わりに【 】の中に入る呼びかけ方が【秘密を知ってるクラスメイト】【仲のいいクラスメイト】というように、徐々に変化していって、呼び名が変わるたびに、桜良と「僕」の距離が近づいたことが分かる仕掛けになっている。物語がクライマックスに近づくと、「そう来たか!」と思わず手を打ちたくなるような呼び方も登場します。

 読み進めてこのことに気づいた時「なんて計算された仕掛けだろう!」と驚きました。前回は、吉田修一さんの『怒り』が、小説ならではのおもしろさが詰まった作品であると紹介しましたが、『君の膵臓をたべたい』こそ、小説でしかできない仕掛けが施されている

 2作品ともに、映像で観たという人に「絶対小説で読むべき!」と強くおすすめしたいです

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相反する性格をもつ「僕」と桜良。
ふたりそれぞれに、若さゆえの共感ポイントがある

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 主人公の「僕」と桜良は高校生で、作中には学校でのシーンも描かれます。

 でも、この作品は、どこまでも「僕」と桜良だけにスポットライトを当て、二人の姿を追い続けます。いったい二人は、どんな性格なのでしょうか。

「僕」は、人との関わりを避けていて、しかもそれに対して「他人を傷つけたくないから、自分は人と関わらない」なんて理屈をつけている。そして「石頭かよ!」って言いたくなるぐらい堅苦しくその考えに固執しています。基本的に自分から他者に働きかけることをしない受身な性格で、人にあまり期待をせず自己完結している……とはいいますが、それってある意味若さゆえの頑なさで、人が生きている限り誰とも関わらないなんてありえない。それなのに、彼は自分の考えこそが正しいと決めつけています。「僕」がもともと持っていたこの考え方は、読んでいて「もっと自分から動いて毎日を楽しめばいいのに」と、じれったさを感じました。でも、そんな若さゆえの傲慢さには、自分自身ちょっと思い当たるところがあり、「若いなあ、でもわかるなぁ」と共感してしまいましたね。

 一方の桜良は、重い病気で余命がわずかであるというつらい事情を抱えているのに、明るく気丈に振る舞って、「僕」を振り回す。彼女の態度は、ちょっとわがままに見えちゃうぐらいなんですが、僕はそんな桜良にすごく共感しました。なぜかというと、僕自身、桜良と同じように、つらいときほど明るく振る舞ってしまうからです。それは、つらいときに人から心配されると、余計につらくなってしまうから。だから、作中の桜良の振る舞いには、腑に落ちる部分が大きかったですね。

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 ここまで読んでもらえればすぐ分かるぐらい、「僕」と桜良は、正反対の性格の持ち主です。ことごとく相反していて全然交わらないのに、いろいろな出来事がきっかけになって互いの本質に気づき、近づいていく。その過程に、心が締め付けられるような感動が待っています。まだ読んだことがないという方には、ぜひ、本編を読んでもらいたいです。

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人生最大の秘密を、「僕」だけに背負わせた彼女。
その残酷な決断は、彼が彼女の「特別」だったからこそ

 作中で桜良が負った「余命がわずか」という宿命は、僕たちが普通に生活している中では、なかなかイメージしづらいのではないでしょうか。

 もし僕が、親しい相手からそんな風に告げられたら、完全にテンパってしまって「生きている間にその人の希望を全部叶えてあげなくちゃ!」と、右往左往してしまいそうです。そういう意味では「僕」は桜良の余命を知ってからも冷静に対応していて、本質的に強いヤツだなと思いました。

 反対に、もし僕が桜良のように余命がわずかだったらどうするだろうな……とも考えました。物理的にも精神的にも断捨離をして、死ぬまでに本当に会いたい人に会って、本当にやりたいことをやりたい。そんな風に考えていたら、日常の生活には、やらなくていいことや、大事だと思ってやっているけれど、本当はそんなに大事じゃないことも結構あるよな、と気づきました。

 桜良は、「僕」に知られるまでは余命のことを家族以外の誰にも話していない。彼女の親友にさえ伝えていません。先ほど書いたように「つらいときに人に心配されると余計につらくなる」感覚ってあると思うので、桜良のこの選択自体は理解できるものです。

 ただ、桜良は「僕」にしか秘密を伝えていない。

 これは、ある種すごく残酷な決断だと思います。

 なぜなら、桜良のつらさや秘密の重さを、「僕」一人に背負わせる行動だから。

 でも、桜良はそうせざるを得なかった。

 互いに特段親しくすることはない学校生活の中でも、桜良は「僕」のことを見ていた。そして、彼女にとって「特別」な存在になっていたからだと思います。

 表面的な性格は、一見、桜良が器用で「僕」が不器用。

 でも、桜良の僕に対する気持ちもすごく不器用で、その不器用で純粋な想いこそが、読む人の心を打つんだと思います。手を繋ぐ。心の中を言葉に出す。ハグをする……大人だったら簡単にできるような行動が、二人にはそうはいかないし、簡単に進んでいたらこの感動は生まれなかったと思います。

 桜良と「僕」は、人間関係の積み重ねを、時間の制限がある中で、本当に丁寧に、愚直に進めていきます。

 そんな二人の姿を見ていたら、自分自身、大人になっていろいろと順序を飛ばしちゃっているんだな、と反省しました。幼い頃や学生時代は、二人のようにもっとひとつひとつを丁寧に、人間関係を構築していたのではないかと。大人になったら誰もが忘れてしまいがちな、人に対する真摯さ。そして、人に対して真摯であろうとすることは、なんでもない一日いちにちを大切に生きることにも繋がるんだと気づかせてくれました

 『君の膵臓をたべたい』という本は、僕にそれを思い出させてくれた一冊です。

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気になる一文

「ごめんなさい……お門違い、だとは、分かってるんです…………

だけど……ごめんなさい……(中略)

もう、泣いて、いいですか」

「ごめんなさい……お門違い、だとは、分かってるんです…………だけど……ごめんなさい……(中略)もう、泣いて、いいですか」

 これは、桜良が死んでしまった後で、「僕」が初めて喪失感を吐露するせりふです。

 きっと明日も生きてるだろう、って、誰もが思っていることだけど、その決めつけは本当に怖いことだと思い知らされたシーンです。桜良がいなくなる、それは最初から分かっていたことだったけれど、実際は予想を軽くこえていて、「えっ」と声が出そうなほどの衝撃がありました。

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 僕は、ツアー前の楽屋でこの本を読んでいて、このシーンで涙が止まらなくなってしまいました。すぐにリハーサルして本番、というタイミングだったので、切り替えるのがちょっと大変でした。

 このシーンを読んで涙を零すたび、僕は「爽やかで泣ける恋愛小説」というところをはるかにこえてくる、「命を、大切に生きる」というメッセージを受け取って、まるで、とてつもなく重いパンチをみぞおちにくらったように、息さえできない苦しさを感じます。

 でも、その苦しさは、生きているからこそ感じること。

 一日を生きる、その価値に気づいた時、きっと僕らは苦しいことも、楽しいことも、全てを大切なこととして楽しんでいけるのかもしれませんね。

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ツアー前の楽屋で涙を流したの初めてです。(笑)
写真では涙の感じが分かりづらいですが、一人ポロポロと泣いていました。(笑)
思わず自撮りしてしまいました。
奥を見れば陣さんも珍しく本を読んでますね!
「集中力もたへんわー」とか言ってそうなのに、陣さんでもじっと座って本読んだりできるなんて感動です…!
やべっ。バレたらこれは絶対怒られる!(笑)

今月の一冊,【双葉文庫】,住野よる,君の膵臓をたべたい 今月の一冊,【双葉文庫】,住野よる,君の膵臓をたべたい

ある日、高校生の僕は病院で一冊の文庫本を拾う。タイトルは「共病文庫」。
それは、クラスメイトである山内桜良が密かに綴っていた日記帳だった。
そこには、彼女の余命が膵臓の病気により、もういくばくもないと書かれていて——。
読後、きっとこのタイトルに涙する。

【双葉文庫】,住野よる,君の膵臓をたべたい